選挙で動いたもの

私は昔からずっと無党派で、与党が安定多数を続けると、思い上がって好き勝手の暴走を始めるから、与野党拮抗で牽制が働くのが健全、という考えでいる。衆参ねじれだと何も決まらないのでそれも考えものだが、ときどき政権交代が起きるぐらいがよいと思う。安倍一強は最悪だった。

支持政党がないので、選挙のたびに苦労する。迷わずこの人、この政党ということがめったにない。まず消去法で、入れたくない候補を消してゆく。残った人から当選圏内にいるのはだれかと判断する。せっかく投じるのだから死票にはしたくない。まあ、四苦八苦の苦肉の策に近い。それでも棄権するよりはマシで、投票は有権者の権利行使というより、社会のバランスを取るための市民の義務と思っている。

日本の現状は2大政党化には程遠い。野党は分裂割拠して、選挙協力しなければ歯が立たないのに、バラバラになって数を減らした上、野党の群れの中から目立ちたがって、与党にすり寄る党派も出てきた。「や党」でも「よ党」でもない「ゆ党」だと揶揄されて、うまい言い方を思いつくものだと感心する。

昔、保革伯仲の一方を担った社会党は、いまや党名さえ消えた。流れを汲む社民党も消滅寸前の危機にある。「山が動いた」と叫んだころの勢いはどこへ行ったのかと思うが、3分の1の議席の確保に安住し、万年野党に甘んじて動かなかった結果だと冷ややかに言う識者もいる。

今回の選挙結果から、50歳より下の世代では、今までの保守対リベラルの対立軸ではなく、改革対非改革の対立軸で政党を判断するようになったとの分析もある。それによると「立民や共産も古い政治を行う非改革とみられ、自民と差別化できなかった。維新は改革のイメージで伸びた」のだという(遠藤晶久早大准教授。7月19日付中日新聞朝刊)。そういう点では、れいわも比較的若い層の支持で伸びた。

今回は、ロシアのウクライナ侵攻や投票日直前の安倍銃撃事件に浮足立って、選挙に少なからず情緒的な影響を与えた。選挙に風やトレンドはつきものだが、もとより一夜限りのイベントではない。いやむしろ、余勢を駆って国葬に持ち込み、モリカケ、桜、財政の失敗、旧統一教会との浅からぬ縁、クサいものはみんなまとめてフタをしてチャラにしてしまおうという、このくらいのしたたかさを野党も少しは見習わないと。

おまじない

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