私の76年とこれからのこと(4)

戦後77年、被爆体験の語り部がいなくなれば、ヒロシマが風化してゆくと心配する声があるが、私はそうは思わない。膨大な映像や資料が残っている。生き証人が絶えても、残された記録を見よう、聞こうとする気持ちがあれば、後世の関心が絶えることはない。問題は、語る側でなく見る側,聞く側にある。

語り部を語り継ごうとする高校生や大学生の活動がある一方で、日本がアメリカと戦争をしたことさえ知らない若い世代もいる。悲惨なものは目を背けようとする人たちもたくさんいる。外国人ならなおさら関心は遠くなる。しかし、ちょっとしたきっかけさえあれば、人間の愚かな歴史に気づき、中には過ちを繰り返さない道を探し始めてくれる人もいるだろう。

そう思いながら、広島平和記念資料館の再募集を待っていたが、今年もその予定はないと聞いた。コロナでガイドの需要がないのはいたしかたないが、加齢とともに私もだんだんタイムリミットが迫ってくる。名古屋の自宅から広島の平和公園まで3時間半。さらに現地で原爆ドーム―爆心地―原爆の子の像―慰霊碑―被爆アオギリと案内すると、戸外の真夏真冬はかなりこたえるだろう。資料館の係員に無理をするなと止められそうだ。

ことほどさように歳を取るのは情けない。なにか妙案はないかと思いつつ、ヒロシマに勝る代案は浮かばない。いっそ広島に住んでしまおうか。親兄姉と絶縁してまで一緒になった妻とは、近ごろ卒婚だからなんの支障もない。いや待て待て、70代半ばを過ぎて部屋を貸してくれる大家がいるだろうか。となると老人ホーム、そこからガイドにでかけるか。

人は結局、どこまでも葛藤の中で生きるもののようだ。それでも、暇で退屈するよりましだろう。(おわり)

おまじない

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