国葬でよかったのか


安倍元首相の国葬が、ゴタゴタ続きの挙句やっと終わった。ずいぶん手間がかかったのに、こんな葬式ならやらない方がよかった。故人もそう思っているのではないか。それとも、なにはともあれよくぞ名誉ある国葬で押し切ってくれたと喜んでいるのか。

そもそもは岸田首相が閣議決定だけでさっさと国葬を決めてしまったところから火が付く。どんな政敵でも亡くなれば弔意を示し、過去を称えるのが政界の習わしだから、野党にもそれなりの気を配れば最初のつまずきはなかった。国葬までは…と難色を示されたら議決を取ればよかった。ゆ党もいることだしすんなり決まった。

狙撃された直後は、テロに負けない、民主主義を守り抜くなどと名分が立った。しかし犯行動機が、旧統一教会への献金で家庭崩壊に陥り、憎さも憎しの協会つながりで安倍さんをターゲットにしたと分かった。これは世間によくある怨恨動機の殺人事件で、たまたま被害者が大物政治家だったが、思想的背景のある暗殺ではないし、民主主義への挑戦などと言えるものではない。

岸田さんはちょっと思い違いをしなかったか。この衝撃的な“暗殺”は、古くは伊藤博文、リンカーン、その後ガンジー、ケネディ、キング、近くは中村哲さんの歴史的大事件に準じ、国葬に充分相応しいからだれも反対しないだろう、と。

思いがけない突然の死には同情が高まるもので、たしかに事件直後の参院選で自民党は大勝したし、そのころは国葬反対の声も少なかった。しかしこの同情はむしろ、ジェームス・ディーン、大場正夫、ダイアナ妃といった有名人の驚きの事故死に寄せるものに近い。

日を追うごとに、自民党と旧統一教会との岸信介以来の長く深いつながりが明らかになってゆき、国葬関連費用も大きく膨らみ、ついに世論の賛否が逆転する。といって、いまさら自民党葬に格下げするのは、外国要人を招いた手前もありかっこ悪くてできるわけがない。安倍さん本人と教会との核心の関係を攻められ、故人のことは分からないとかわすのが精一杯になった。

間の悪いことに、国葬決定から実施までの間にイギリス女王の国葬が粛々と執り行われた。こっちは国民を分断するゴタゴタが外国メディアの注目する話題になり、比べればどうしたって分が悪かった。しかし在位70年の女王の国葬と比べるなら、戦中戦後の困難な時期にも耐えた昭和天皇の大喪の儀と比べるのが妥当だろう。

6度の選挙に勝利した戦後最長の長期政権、と身内の功績を称えるなら、自民党葬こそふさわしかった。影響力あった人は常に功罪相半ばだが、亡くなった後も選挙に勝ち、旧統一教会疑惑もうやむやにして逃げ切り、最後まで安倍さん流だった。

おまじない

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