核兵器は抑止力を持つか


ロシアのプーチンが、半年たっても思うに任せぬウクライナにいら立っているようで、戦術核の使用を再三ちらつかせている。戦術核というのは、大規模で広域を狙う戦略核と違い、極地攻撃に使える小型の核兵器で、使い勝手がよいのだそうだ。

核は、アメリカが広島、長崎でその空前節後の破壊力を見せつけて以来、ソ連、イギリス、フランス、中国の戦勝国が次々と開発し保有国となり、核拡散防止条約で先行特権を保とうとした。つまり自分たちは核を持つが、それ以外の他国は持ってはいけないことにして、戦後の世界秩序を作ろうというわけで、1970年に発効、現在191カ国が条約に加盟している。しかしそんな虫のよい話に賛成する国ばかりでなく、条約に加盟しなかったり、したけど批准しなかったり、批准したけど脱退したりで、今ではイスラエル、イラン、北朝鮮、インド、パキスタンも保有、核は世界に1万2700発もある。

これじゃあ解決にならないと、核兵器禁止条約が、国連の採択を経て2021年やっと50カ国が賛成して発効した。これは核兵器の開発、実験、使用、使用の威嚇などあらゆる活動を例外なく禁止した国際条約だが、核保有国はそっぽを向いて乗ってこない。日本政府は、アメリカの核の傘の下にいる手前、賛成などとはとても怖くて言えず、例によってアメリカの意向に添っておとなしくついてゆく飼い犬ポチの役を演じている。

核は、広島と長崎にたった2発落としただけで、その年のうちに21万人以上が悲惨な死を遂げた(現在までの犠牲者は32万人超)。開発したばかりの当時の威力でさえ、そのケタ違いの恐ろしさに、核は以後、敵の攻撃を心理的に抑止するものとしての存在価値を持ち、実際の戦争には1度も使われたことがない。

ところが最近雲行きが怪しくなってきた。プーチンは本気ではないかと。持っているだけでは抑止力にならないことに気が付いたようだ。

核保有はアメリカの銃規制問題とよく似ている。規制反対派は、犯罪者に襲われたとき自衛の銃がないと身を守れないと叫ぶ。しかしその結果、かえって犯罪者が野放しで銃を持つことになり、大勢の犠牲者を生む乱射事件を誘発している。核も銃も、あれば諸刃の剣になる。だから核の傘の下にいれば安心かというと、むしろ先制攻撃の的にさえなる。

そればかりではない。日本は傘を借りている弱みで、アメリカの鼻息ばかりうかがうようになり、国際社会で独自の立場を主張する場面がほとんどない。吉田茂以降、戦後の経済優先、軍備は対米依存の国策が、長い間に大きなツケを払わされることになり、得意だった経済も今や勢いを失いつつある。

核保有国が非保有国に対して核を使わない国際ルールを作ればよいという提言もあるが、凶器所持の相手をやすやすと信用できるわけがない。結局、きわめて困難な選択だが、核廃絶しか解決の道はない。被爆国の日本は、想像を絶する経験を深く歴史に刻んできた。毅然として訴えなければならないことがたくさんある。それが、ポチが世界からの敬意を回復する道にもなる。

おまじない

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